病状が悪化
1933年11月、パリで最後のコンサートを行い、代表作『ボレロ』などを指揮するが、この頃にはお手本がないと自分のサインも満足にできない状態にまで病状が悪化していたのです・・・。かなりヤバイですよね・・。
コンサート終了後にファンからサインを求められたラヴェルは、「サインができないので、後日弟にサインさせて送る」と言っていたそうです。
結構、苦しい事ですよね・・・。
1934年には周囲の勧めでスイスのモンペルランで保養に入りましたが、いっこうに体調が回復せず、病状は悪化のまま・・・。
1936年になると、周囲との接触を避けるようになり、小さな家の庭で一日中椅子に座ってボーっとしていることが多くなったそうです。そうなりますよね・・・。
たまにコンサートなどで外出しても、無感動な反応に終始するか、突発的に癇癪を爆発させたりで、周囲を困らせていたそうです。
もう少し前向きになればずっと素敵な人生になったと思いますけどね。
可愛そうです。